Diner対談

第1回
中澤 はーい、どうもこんばんは中澤です。GOING UNDER GROUND中澤です。
清野 はーい、どうも清野です。GOING UNDER GROUND清野です。なんちゃってー。
中澤 はーい。よろしくお願いします。
清野 へーい、よろしくお願いします。

中澤 えっとですね。今回、「漫画家になりたかった男と漫画家になった男」というテーマで、色々話が出来ればなと。
清野 なりたかったんですか?中澤氏は。
中澤 なりたかったっすよ!多分、一番最初に清野氏と会って飲んだ時に、そういう話をしたと思うんですけど。今でこそ音楽を生業にやっている訳なんですが、元々漫画家にすごい憧れてて・・・
清野 あはは(笑)憧れてるっていうのは聞きましたけど、なりたかったんですか?
中澤 本気でバンドをはじめるきっかけっていうのは、中学校でギターをやりはじめてっていうのがあったんですけど、それまでは本当に漫画少年で、もう漫画を描く事が大好きで、将来は漫画家になりたい!って本気で思ってた訳ですよ。だから、漫画家っていう人を、存在を、今でも条件抜きに尊敬しているんです。
清野 あぁ?したら、ミュージシャンの方が尊敬に値すべき生き物ですよ。
中澤 いやいや。オレも音楽やりながら色んな人と知り合ったり出会ったりしてきた中で、実は漫画家の人と直接知り合ったのは清野氏が初めてで。
清野 あっ、俺もそうですよ。ミュージシャンの方とちゃんとお話したのは中澤氏が初めてですね。
中澤 歳もほぼ一緒じゃないですか。
清野 そうですねえ。
中澤 同世代っていうことで、俺からすると、漫画を生業にしている漫画家さんっていうのは、漫画家「先生」なわけですよもう、えぇ。
清野 お上手ですよ、中澤氏は。
中澤 いえいえ、それだけ自分の中で漫画に対するリスペクトとか、漫画家に対するリスペクトっていうのがあって、そこを今日は同世代でこう・・・
清野 掘り下げて行きますか?
中澤 えぇ、語れればなぁっていうことで、そんなテーマを用意してきたんですけど。
清野 はい。
中澤 まぁもともと、俺が小学校時代、ずーっと漫画家になりたくて、ジャンプっ子だったんですね。少年ジャンプ。で、それの真似事みたいな漫画をノートに、あの大学ノートですか、あの自由帳みたいなやつに描いていて。
清野 ありがちなパターンで?
中澤 ありがちなパターンで(笑)、連載して、クラスの友達に見せて、みたいなことをやってるような小学生だったんですけど。清野氏はどんな少年でした?
清野 同じですよ。ジャンプ読んで、ノートに落書きして・・・ほんと同じですよ。昔は普通の少年だったのでジャンプ読んで、「ドラゴンボール」だとか「北斗の拳」だとか「珍遊記」だとかそういうのを読んで、それに影響されて、ノートに落書きしてるような、至ってまともな少年でしたよ。
中澤 元々のきっかけっていうか・・・なんか気付いたら、そうやって画描いたりするのって好きでした?
清野 叔父さんがね。実家でちょっと一緒に同居してたんですよ。一階部分に叔父さんが住んでて。父親の兄なんですけど。その叔父さんが漫画家というか、イラストレーター的な仕事をしてまして。
中澤 あぁー。
清野 物心ついたときから、叔父さんから色々画を教えてもらいましたね。
中澤 なるほど、じゃあ近くにそういう影響を受ける人が。
清野 実はいたんですよ。はい。

中澤 俺、いなかったんだよなぁ。そういう人は。
清野 うん。一人いるかいないかですよね。
中澤 だからその音楽の話で言うと、うちのボーカルとかは、音楽好きな親父さんで、もう生まれた時から家にレコードがあって、そこでジャズだのロックだのが流れてる家だっていう。いわゆる、音楽やるべくしてやるような男だったので。ウチの場合は、本当にただのいわゆる一般のサラリーマン家庭だった訳で、別に画も誰かの影響ではなくて。なんかね、幼稚園の時にスケッチブック?自由帳みたいなスケッチブックがあったんですね。
清野 はい。
中澤 それを幼稚園で園児一人一人に配布されるんですよね。それを好きに使っていいよっていうので・・・みんな落書きしたり、なんなりして、使い終わって先生に言うとまたもらえるんですよ。まっ、そこには親の経費がかかっていると思うんですけど、俺、そのペースが異様に早くて、それを先生にすごいビックリされたっていうのを幼心に覚えてて・・・。
清野 何描いてたんですか?
中澤 「キン肉マン」のイラストとか
清野 はい、まず「キン肉マン」始まりですね。
中澤 「キン肉マン」どっぱまり世代なんで、真似して描いたりとか。
清野 俺も確か最初は「キン肉マン」でしたね、保育園のころ。
中澤 「キン肉マン」から入ったのかな。きっかけは何なのかわからないですけど。あんまりみんなでドッヂボールやったりする少年ではなかったんで。
清野 結構、内向的な感じの子だったんですか?
中澤 運動音痴で、なんか画ばっかり描いてましたね(笑)。
清野 (笑)そうなんですね。
中澤 意外とそうなんですよ。清野氏は逆にどんな子でした?
清野 小、中学校時代は、今とは真逆で活発な。
中澤 えーっ?!
清野 スポーツも色々やってましたし。
中澤 何やってました?
清野 水泳、サッカー、卓球。
中澤 おぉー!
清野 その程度ですけど。
中澤 え?部活は?
清野 部活はサッカー部です。
中澤 おぉーっ!ザッツ運動部じゃないですか!へぇー。
清野 いつ頃からかな、こうなってしまったのは(笑)。まぁ、でも高校時代にちょっと色々こじらしてしまいましてね。
中澤 なにを?
清野 ハートを(笑)
中澤 じゃあ、もともとオレも清野氏も同じようにノートに漫画を連載するような少年時代から始まって、俺の場合は中学で今のメンバーと会って、「バンドをやろうぜ!」ってなったわけじゃないですか。そこで興味がギターとかバンドにいっちゃって、「漫画家になりたい!」っていう気持ちがそこで一回薄まっていっちゃったんですけど。清野氏の場合は、そこからずっとまだ漫画の道を行く訳じゃないですか。
清野 行っちゃいましたね
中澤 漫画家になりたいな、なるんじゃないかなって思うタイミングみたいなのってありました?
清野 でもそんなのね、最初は金ですよ(笑)ヤングマガジンとかヤングジャンプとか普通に読んでたんですけど、新人賞募集とか賞金何十万だとか大賞100万円とか。漫画数ページ描いて100万か50万か
中澤 はいはいはい

清野 で、受賞作とか紙面に載ってる訳ですよ。自分と同い年くらいの、無名の新人どもが。
中澤 (笑)
清野 で、その作品を見てこれで賞金20万とか30万もらったのか、じゃあ俺も欲しい、お金欲しい、金クレ、ということで。当時、高校の時バイトしてたんですけど、時給でいったら850円とかそういう世界ですよ。それで、たかだか漫画描いて20万?10倍いっちゃうの?じゃあ描いてみようと。金ですよ。漫画家になりたいとかそういのじゃないですよ。金。金くれよと。
中澤 とりあえず楽して・・・
清野 楽してお金が欲しかったという、それに尽きますね。
中澤 画も得意だし、漫画描けるし、みたいなところで。
清野 まぁ、でも原稿用紙にちゃんと描いた事はその時が初めてだったんですよ。その時、叔父さんに、原稿用紙とか枠線の引き方とか教えてもらいましたね。
中澤 その時に叔父さんに色々ノウハウを?
清野 ちゃんとした漫画の道具、ペンだとか。でも、そういう人が身近にいたからじゃないですかね?どの道に進むかっていうのは。
中澤 俺、真似事で小学校6年生ぐらいの時に初めて原稿用紙に書いてみるっていう・・・。
清野 原稿用紙ちゃんと使ったんですか?
中澤 なんか、漫画入門みたいな本買って(笑)。
清野 石ノ森章太郎の漫画入門みたいな?
中澤 あれじゃなくて、まぁあれはあれで持ってるんですけど。
清野 色々ありましたよね。
中澤 いわゆる漫画の描き方みたいな、マニュアル本みたいのなのを、買ってもらったのか忘れたんですけど、手に入れて。そこに原稿用紙とペンとインクとなんとかと・・・こういうものを揃えよう!って書いてあって。
清野 本当に興味あったんですね、漫画に・・。
中澤 本当に興味あったんですよ!で、スクリーントーンがどうとか・・・。
清野 スクリーントーンまでいったんですか!?
中澤 買いに行きましたよ、俺。
清野 じゃあ相当重症ですね、それは。
(笑)中澤 なんだっけ、伊東屋?っていうでっかい画材屋まで行って。
清野 はい。
中澤 でっかい画材屋まで行かないと、当時住んでた埼玉の桶川っていう所にはスクリーントーン売ってるようなところは・・・
清野 スクリーントーンはレアだから、なかなか手に入らないですからね。
中澤 手に入らないじゃないですか!スクリーントーン買ってやってましたよ(笑)。
清野 どういうジャンルの漫画を描いてたんですか?
中澤 格闘漫画ですね。いわゆる、「キン肉マン」から派生してるような、「聖闘士星矢」とか、「魁!!男塾」みたいな。ああいう正義と悪が闘うぞっていう設定の漫画で。

清野 王道的な少年ものの漫画ですね。
中澤 そうですね。それで登場人物は、結構あざといんですけど、クラスの仲間なんですよ。
清野 そこは反映させますよね。
中澤 そこ反映させると、みんな食いつくじゃないですか。
清野 食いつきますね。
中澤 そう(笑)そこをあざといけど、やってましたね。
清野 ほほう。
中澤 中学校に入って今のバンドメンバーと知り合って、バンドを始めるわけなんですけど、始めてまだ何ヶ月しか経ってないのに、俺はバンドの自伝を漫画に描き始めてて(笑)。
清野 もう描いちゃったのですね(笑)。
中澤 何月、アイツと出会ってどうのこうのみたいな。で、俺は初めてギターを手にした、みたいな。もう既に漫画に描き始めていて。ただ、それも飽きて二ヶ月くらいで辞めたんですけど。
清野 へぇ?。
中澤 今でも実家のどっかに、その漫画は眠ってると思う。
清野 是非見たいですね。今見ると絶対面白いですよ、昔描いた漫画とかって。色んな意味で。

第2回
中澤 昔描いた漫画ね(笑)逆に清野氏は、昔描いた漫画っていうか、幼少期に自分連載してた漫画ってどういう漫画なんですか?
清野 保育園の時、色々描いたものを母親がとってありましたね。ある日、渡されたんですよ、「あんたこんなの描いてたよ」って。
中澤 保育園のときの?
清野 保育園です。保育園時代のときに描いたものを。タイトルが「ミミクソ」っていう漫画で
中澤 (笑)ええ??保育園時代にイラストオンリーじゃなくて漫画にしてたってことですか?
清野 いや、でもさすがにコマ割りとかは、まだ・・・
中澤 タイトルがあって、キャラクターがいて台詞があってみたいな
清野 はい。あれが、漫画の原型なんじゃないですかね。ミミクソにすごい執着してましたね。
中澤 ミミクソ(笑)。で、ミミクソ君的なキャラクターもいたんですか?
清野 いや、なんか、「ミミクソミミクソ」言いまくるだけの漫画なのか、キャラクターなのか、よくわからない漫画でしたね。
中澤 なんか原点からしてシュールですね。(笑)
清野 まあ、幼かっただけですよ。(笑)
中澤 ちなみに清野氏、最初に賞金目当てで描いた漫画は、内容と結果はどうだったんですか?
清野 いや、内容はなんですかね。タイトルは「猿」っていう漫画でして、なんか猿みたいなのが中学校に転入してきて
中澤 ギャグ漫画?
清野 ギャグ漫画です。ギャグ漫画なのかは今考えるとちょっと微妙な感じなんですけど。。猿みたいなのが、学生服来て、学校に引っ越して、一騒動、二騒動起こすっていう(笑)いや、騒動起こしのかな?何も起こしてないかも・・。なんかよくわかんないのが引っ越してきたぞ、それだけの漫画でしたけど。たまたまそれがヤングマガジンの一番下の賞に引っかかりまして
中澤 へぇ?。じゃ初投稿でいきなり?

清野 そうですね、ラッキーでしたね。
中澤 俺たちも読んでた時代のやつだね。
清野 ヤングジャンプ派とかヤングマガジン派とかありましたけど、両方読んでました?
中澤 うちらはヤングマガジン派。ヤングジャンプは読んでなかったかな。で、その受賞から漫画で食って行けるかもしれない的なことになっていくわけですか?
清野 いや、その頃はまだ。学生、高校時代ですよ?しかも童貞ですよ?
中澤 受賞した時ってお金もらえました?
清野 もらえました。
中澤 ちなみにいくらでした?
清野 それは5万ですよ。本当に一番下の奨励賞でしたから。
中澤 まぁ、でも普通に働くよりは良いですよね.
清野 高校生からしたら大金ですよね。見た事もない天文学的な金額ですよ。で、そこから担当編集者が付きまして、担当編集者のもとでネーム(原稿用紙に描く前にコマ割りや台詞のアイデアをまとめた漫画の設計図のようなもの)を・・・
中澤 はいはいはい。
清野 中澤氏は分かると思うんですけど、画コンテみたいなもんですよね。大枠というか、そういうのを書かされるんですよ。
中澤 あっ、じゃあもう、編集者側としてはちょっと才能ある奴を見つけたから育てて連載に持って行こうっていう感じだったんですかね?
清野 どうですかね。当時からしたら、本当に自分は編集者に認められて、あとはもう階段を昇り昇りになれるもんだと思ってたんですけど、向こうからしたらホント数ある新人のうちの一人・・・ゴミですよ(笑)ホント、ゴミ同然でしたよ、新人漫画家なんて。
中澤 扱いもそんなもんでした?
清野 そうでしたね。本当もう、遅刻もざらですし、ドタキャンされることもしばしば。それでどんどんやる気も心も折れて行くんですよね。
中澤 (笑)でも、それは俺たちも似たようなとこがあって、俺たちも18歳くらいまで、埼玉のライブハウスで友達呼んでライブやるっていうことしかやってなくて。別に、「絶対に将来プロで音楽だけで食って行くぞ!」みたいなところも無かったし。それがなんか、たまたまオリジナル曲のデモ・テープを作って、今辞めちゃったキーボードの奴がちょっと勢いに乗って「デモ・テープを送ってみようぜ」っていうことになって・・・
清野 それ何歳のときですか?
中澤 18歳の時に。「送ろうぜ!」っていうことなって、そいつが先陣切ってレコード会社にパァーっと送って。
清野 複数送られていったわけですね。

中澤 結構、20社とかに送って
清野 漫画家と似てますね。
中澤 そうなんですよ!とはいえ、デモ・テープなんて色んな奴が送ってるから、そんな聞かれるかもわかんないし、聞かれた所でいつ反応があるかもわかったもんじゃないって思ってたら、意外と早く連絡が来て「あのデモ・テープ聞いたんですけど、今度ライブ観に行かせてもらえます?」って4社くらいから
清野 へぇ?!
中澤 立て続けに来て、もう俺たち、「これで決まったな!」みたいな。
清野 ですよね、そう思っちゃいますよね?
中澤 これは取り合いだなってことになっちゃって。まだ世間も知らないような10代だし。それがなんか自分たちの曲が急に認められたみたいな錯覚に陥って。まぁ、ひどいですよ(笑)でも清野氏も言ったように、レコード会社も数ある新人バンドの中からちょっと気になる存在だったから、一応観に行こうかぐらいの程度だったんでしょうね。そのライブに4社くらいのスタッフの人に来てもらったんですけど、ライブ終わって楽屋に来てくれたの1人だけでしたよ(笑)。
清野 そうなんですか?(笑)その時点で3人帰っちゃって。
中澤 もう3人帰っちゃって
清野 その1人の方は・・・。
中澤 その1人の方が、その後色々あって、今一緒にやってる事務所の社長なんですよ。それはまぁ、結構、サクセスストーリーというか。良い話なんですけど。
清野 はい。
中澤 まぁだからね、当時はライブの実力も全然なかったんで、人様から金とって見せるようなライブをしたことなかったんで
清野 (笑)
中澤 友達集めてわいわいやってるだけのクオリティで、世に出ようっていうのはなかなか甘いっていうことを思い知って。ただ、そこで1人残ってくれた今の事務所の社長に、都内でのライブに出してもらったりとか
清野 その時代からの付き合いって良いですね
中澤 そうですねぇ。そこは人に恵まれたっていうか出会いに恵まれたっていうのはすごいあるんですけど。まぁ大変でしたよ。そっからは・・・
清野 その社長さんは当時から良くして下さったんですか?
中澤 当時はレコード会社の一スタッフだったんで、後に独立して一緒に事務所を作る事になるんですけど
清野 はい
中澤 仕事の合間にライブのブッキングをしてくれたりとか、今度下北のどこそこで、ライブ決まったからやってこいみたいな。「はい!」って言って(笑)
清野 社長に関しては感謝だけですか?
中澤 そうですね
清野 恨みつらみはないですか?
中澤 恨みつらみはねぇ(笑)まぁ、ケンカとかはもう10何年一緒にいるからありますけどねぇ。恨みつらみはもう今更ないですね。
清野 一瞬でも抱いた時期は?ありましたか?ありましたよね?
中澤 いや、逆にその世間知らずな埼玉の片田舎から出てきた俺たちをよくここまで面倒見てくれたなっていうのがやっぱり強いですね。その頃、元いたレコード会社を辞めて「一緒に事務所を作ってやってこうぜ!」って話をしてくれるんですけど、辞めたその退職金とかボーナスとかでツアーに行かせてもらったりとかして
清野 ・・それは恩人ですね。
中澤 ただ俺たちはその有難みをそこまで分かってなくて、何となく大人に金出してもらって、ツアー周れてラッキーみたいなね(笑)。結構不謹慎な(笑)。まぁねぇ、20代そこそこの若者なんてそんなもんで
清野 20歳とかだったんですか?
中澤 20歳とか21歳とかそんなもんですよね。キャッキャキャッキャしてねぇ
清野 その頃は結構楽しかったですか?
中澤 楽しかったですよ。逆にもう、なんて言うんだろう、苦労を苦労と感じない年齢でもあるし、そういう世界に飛び込んだばっかりだから何が起きても面白いっていうか
清野 見るもの全てが新鮮でしたか?
中澤 見るもの全てが面白いし、ワゴン一台に機材積んで、メンバーぎゅうぎゅうに詰めて移動してることも楽しいというか、ちょっと遠くに行くのだけでも楽しいみたいな頃だったんで
清野 ミュージシャン・・・ミュージシャンいいな。ミュージシャンになりたいですよ俺は。
中澤 バンドの場合はグループじゃないですか。少なからず3、4人とかいたりする中で、同じ運命背負ってやってるんですけど、漫画家だとコンビ組んでる方もいますけど、基本一人じゃないですか?
清野 そうですね
中澤 集団でしかやったことない俺たちからすると、結構孤独な戦いが多いんじゃないかなって思って
清野 うん、そうですね。完全に自分だけの世界ですからね。籠っちゃいますね。身も心も。
中澤 作品を生み出して、そこで編集者との戦いとかもある訳じゃないですか?
清野 はい

中澤 これがいいとか、こっちがいいとか、あっちがいいとか
清野 もちろんありますね
中澤 そこもやっぱり闘えるのは自分しかいないから
清野 そうですねぇ
中澤 そこは結構大変だろうなぁって
清野 ぺーぺーの新人時代なんて全て向こうの意見が正しくなりますからね。こっちが意見言ったところで
中澤 大人の圧力的なところで
清野 そうなんですよ。大体、大手の編集者なんて良い大学出てるインテリ揃いなんですよ。愚鈍な新人に論破できるわけがないんですよ。まぁ向こうが言ったことが全部正しい。
中澤 最終的には
清野 そうです。
中澤 なるほどなぁ。でもそれはありますよね。どの業界にも多分あることで、俺たちの例で言うと、デビューする前に色んなレコード会社にデモ・テープを送ったりとかしてた時期に、あるレコード会社に、「一回ウチの会社まで来てくれ」っていう話をもらったことがあって。大手のレコード会社だったんですけど、「今君たちの曲は何曲くらいあるの?」みたいな話になって
清野 (笑)
中澤 まぁ実際そんなに無いんですよ。オリジナルなんてライブでやってる5、6曲とかですかね
清野 (笑)
中澤 「まぁでもデビュー考えるんだったら、やっぱ年に100曲とかくらいは書かないとね?その中から厳選してさ、ねぇ、アルバム一枚作ったりとかみんなやってるんだからさ。」って言われて。あぁこれは無理だと思って(笑)
清野 (笑)
中澤 あぁ、やっぱりそういう世界なんだなと思ったんですけど、その後今の事務所の社長に会った時に、「実はこの間、別のレコード会社でこういうこと言われたんですよ」って言ったら、業界全部がそうではなくてっていう話をされて、ケースバイケースだっていうのは教えてもらいましたね
清野 社長本当にいい人じゃないですか。早くからそういう素敵な方とできて良かったですね。
中澤 そうっすね。そこはほんとにラッキーです。
清野 そういう人となかなか出会えなかったんで。俺は。

第3回
中澤 清野氏はその後、新人賞みたいなところから連載には至るんですよね?
清野 そこではダメでしたね。ヤングマガジンではダメでした。デビューさせてもらっただけで、後はいくら描いても全く通らず。
中澤 えっ?でも、最終的に連載にたどり着いたのはどういう経緯だったんですか?
清野 ヤングマガジンでネームが通らないから、だんだん担当編集に殺意を抱いてきましてね(笑)。雑誌云々よりもこの編集許さねえ!ってことになりまして、この、目の前にいる編集をどう悔しがらせるか、そっちに行きましたね。まあ、今振り返ると素晴らしい編集さんで感謝もしていますが、とは付け加えておきますが(笑)
中澤 はいはいはいはい(笑)
清野 んで、ヤングマガジンの一番のライバル誌って言ったら、ヤングジャンプだなって思って。じゃあ、ヤングジャンプに投稿してヤングジャンプで連載とろうって、それだけですね。そっからもう身代わりの術ですよ(笑)
中澤 身代わりの術(笑)そしたらヤングジャンプに普通に投稿して、そこで通って?
清野 そうなんですよ、そっちの方がヤングマガジンよりも反応良くてですね、何作品も多く載せて頂いて、じゃあそろそろ連載ネーム作ってみようかって言われて。で、その時、連載とかそこまでしたくはなかったんですよね。
中澤 それ、いくつくらいの時ですか?
清野 それが、20歳・・・20歳ですかね。大学3年の時ですね。連載ネームが通っちゃったんですよ。丁度その頃って、周りがみんなまじめにリクルートスーツ着て就活し始めてる時期で、どうしようかなって思って。週刊の連載と就活の両立なんてできるわけないですからね。
中澤 そうですよね
清野 でも、メジャー誌で連載なんて一生に一回できるかできないかのことだし、あと連載さえしちゃえば、漫画家なんて一生漫画家としてウハウハだとも思ったんですよ。だから就職なんてしなくていいやと思って。
中澤 いや、でも絶対そう思いますよ。
清野 それで大学4年の時に連載が始まりまして・・・いやもうナメてましたね。週刊連載というものを。
中澤 そうそう、それも聞きたかった!週刊って、毎週何ページの連載だったんですか?
清野 14ページですね

中澤 毎週14ページ書くの?
清野 しかもギャグです
中澤 大変だ
清野 最初に「8ページか14ページどっちがいい?」って聞かれまして、もう即答で「14ページです!」って答えて。なんでかっていうと1ページでも多い方が原稿料たくさんもらえるじゃん、ってなって。いやぁ・・・浅はかでしたね。愚の骨頂でした。
中澤 (笑)じゃあ、その週刊連載やってるときの一週間ってどういう感じだったんですか?
清野 もう毎日漫画ですよ。
中澤 ずーっと?
清野 ずーっと漫画ですよ。ずーーーーーーっと漫画ですよ。もう・・・漫画ですよ、漫画。漫画。
中澤 (笑)
清野 漫画以外のこと考えられる時間なんて一秒たりともなかったですね。
中澤 外にも出れない?
清野 外にも・・・出れないですね。漫画だけですよ、漫画。もうあれは。酷かったですよ、あれは。もう遊ぶ時間もないですし、1週間分のその14ページの原稿を仕上げて担当に渡すじゃないですか。「出来ましたぁっ!」て。もうその時ゲッソリしてるんですよ。最初は多少余裕あったんですよ、締め切り。でも、どんどんどんどんストックとか無くなっていって、締め切りも本当ギリギリになってきまして。その週1本回すのも結構身も心もボロボロで、渡した瞬間からまた次の来週分の原稿・・・真っ白ですよ。
中澤 いやぁ、大変だと思うな、それは。
清野 それが毎週くるんですよ。
中澤 それがどれくらい続くんですか?
清野 最初は半年ちょっとでしたね。まあ、人気がなかったので、単純に打ち切りですけど。
中澤 はいはい。
清野 でも、最初の打ち切りは、ホッとしましたね。
中澤 終わったと(笑)
清野 「良かった、これで解放された!」と。初連載で、締め切りを1回でも落としたらその時点でもう終わりだと思ってましたし、締め切り守らないっていう選択はなかったんですよ。
中澤 なるほど~。
清野 はい。だからもう、その連載を続けるか「死」か、どっちかでしたね。あのまま行ってたら死んでましたよ。
中澤 いやぁ~、もう想像つかないくらい大変だと思うな。
清野 今考えるとあの当時の精神状態、絶対どうかしてましたね。
中澤 でも基本、週刊連載の漫画家の人って、そういう生活を送ってるんですかね?
清野 まぁ、人それぞれペースは違いますからね。神経質な人もいれば、神経質じゃない人もいるし。なんか俺、アシスタントさんに背景とか描かせるのが嫌だったんですよ。
中澤 全部自分で?
清野 はい。ベタ塗りとトーン貼りくらいで、あとはもう全部。今もそうなんですけど、漫画に関しては、やりたがりっていうんですか?ヤリチン?
中澤 やりたがり?
清野 漫画ヤリチン
中澤 漫画ヤリチン(笑)。わかりますよ、俺。読者目線で見てても、アシスタントの画と原作者の画が一枚の画の中で違いが分かっちゃうと、ちょっと冷めるじゃないですか?
清野 はい。そうですね。
中澤 で、もし俺がその漫画家の立場だったら、多分ヤリチンですよ。
清野 (笑)

中澤 だからそれはすごい良くわかる。
清野 ヤリチンのほうがいいですよ。
中澤 で、今の漫画「東京都北区赤羽」あるじゃないですか?
清野 はい。
中澤 あれって「ケータイまんが王国」で連載してるんですよね?
清野 そうですね。
中澤 携帯漫画連載、そこに至ったエピソードを聞かせて頂ければと
清野 まぁその、ヤングジャンプで最初の連載が終わって、もう一回だけやらせてもらったんですよ。まぁ、それもすぐ終わって。その時は実家暮らしだったんですけど、大学4大まで出させてもらって、2度の連載終わって、ほぼ無職状態で家にいるのがちょっと耐えられなかったので、ウチの両親もそんなきついことは言って来なかったんですけど、結構自由にやらせてくれる家庭だったんで。それが逆に辛くてですね、居づらくなっちゃいまして。その連載で貯まったお金を使って、一人暮らしという名の逃避行を。。
中澤 赤羽に一人暮らしを始めて
清野 それが23歳の頃ですかね、うん、23歳の秋ですよ。何も無い状態で単身赤羽に引っ越しましてね。そこで暗いアパートの部屋に閉じこもって次の作品の構想を練る日々が続きましてね。もう何にも書けないですね。友達もいないし、あの当時、本当友達いなかったですね。もうビックリするくらい友達いないですよ。
中澤 何してたんですか?漫画描く以外の時は。
清野 まぁ、もっぱらドトールですよ。
中澤 (笑)
清野 ドトールでコーヒー飲みつつ。やっぱウチにいると寂しくて滅入っちゃって、とにかく人の声とか雑踏とかが聞きたくなるんですよ。
中澤 はいはいはい。
清野 で、まぁ本当友達いなかったし、とりあえず人の声が聞きたいってことで、金もないのでドトールに朝から晩までいて。
中澤 で、その間っていうのは作品を描いたものがあったら、見てくれる編集の方とかいたんですか?
清野 そうですね、ある程度、構想出来たら編集で見てもらって・・・でもやっぱなかなかね。そのメジャーの同じ雑誌で、3度目はないんですよ。
中澤 うーん。
清野 2回こけたら、もう3度目はないっていうようなメジャー誌の暗黙の了解で。
中澤 そういうもんなんですか?
清野 そうですそうです。ゴミ同然です。
中澤 うーん、でも確かに、自分が読者としても3回見た事はなかなか無いなぁ。
清野 そうですそうです。2回あるだけラッキーなんですけど。その当時まだ契約してまして、他で描けなかったんですよ。
中澤 あっ、そういうのがあるんですね。
清野 今は知りませんけど当時はあったんですよね。だからまぁね、色々とどうしようかなって思いつつも、とりあえず描くしか無いなって思って。
中澤 うんうん。
清野 でも、やっぱりその、載せてくれる回数も減ってくる訳ですよ。短編っていう一話だけの読み切り。もうなんか、最初は載せてくれてたんですけど、もう徐々に徐々に載せてもらえなくなっちゃって。で、もう最終的には、ウチの雑誌ではキミをそんな必要としていませんから〜みたいのを・・・
中澤 おぉ・・・

清野 ニッコリ笑いながら言われるんですよ。このクソ・・・笑。
中澤 クソやろーだと。
清野 よくもまあそんなことを当事者の前でいけしゃあしゃあと。
中澤 しゃあしゃあと(笑)!
清野 いけしゃあしゃあと、おっしゃりますねぇ、なんて男らしい殿方!(笑)・・・とまぁ契約も切れたんで、他の出版社とかに持ち込みに行くんですけど、そこでも汚物を見るような目で見られました。
中澤 (笑)。
清野 「こんな作品を持ってきて、何をしたいんですか?」とか、ホント冷たいんですよぉ。結果とか出してないし。はぁ・・・で、そのうちにツテとかも、目標とする雑誌も、本当にもうなくなっちゃいましてね。そうするとね、ネームも描けないんですよ。やる気もなくなっちゃって。
中澤 なるほどね。
清野 あ、どこからも必要とされていないんじゃないか。それが26歳か27歳くらいですかね。
中澤 おぉー。
清野 ヤバいじゃないですか、そんなの。
中澤 じゃあ、その潜伏期間みたいなのは結構長かったんですね。
清野 いや、長いですよ。23歳から28歳の終わりくらいまで潜伏してましたからね。
中澤 おぉー!
清野 もう、30歳までに何らかの仕事をゲットできなければ、もう就職か自殺しようと思ってましたからね、「ぱど」(フリーペーパー)とか見て。
中澤 はいはい。
清野 何でもいいやって思って、もう・・・。さすがに長男なんでねぇ、そんなの良くないって思って。うーん。
中澤 あっ、長男だったんですか?
清野 長男なんですよ。
中澤 兄弟いるんですか?
清野 一応、まぁ弟が。
中澤 おっ、じゃあウチと一緒なんだ。ウチも弟です。
清野 仲良いですか?
中澤 仲・・・なんか大人になってからよくなりましたね。
清野 そうですよね。男兄弟ってなかなかね。
中澤 なかなかねぇ、うん。
清野 ウチも・・・。歳は、何コ下ですか?
中澤 3つ下ですよ。清野さんのところは、何コ下ですか?
清野 ウチ2コ下ですね。
中澤 まっ、大体似たような感じですね。仲良いですか?
清野 悪くはないですけどねえ。
中澤 ウチもそんなベタベタするわけじゃないですけどね(笑)。
清野 会話しないですよね。
中澤 あっ、本当ですか?わりと会話しますよ、ツイッターで(笑)。
清野 あぁっ、そうですか、なんか思い出しました。ツイッターにいましたね?
中澤 (笑)ツイッターでまぁ一応、、。

清野 ちゃんと弟のこと取り上げて、なんかやってあげてますよね?
中澤 たまにいじってます(笑)でも、“たまに”にしないと調子に乗るんで(笑)。・・・で何でしたっけ?
清野 はあ?
第4回
中澤 えー、そうそう、潜伏期間があって・・・で、そのケータイまんが王国で「東京都北区赤羽」の連載に至るきっかけっていうのは?
清野 ブログ(http://usurabaka.exblog.jp/)ですかね。そういうお仕事頂けるようになったのは。とにかく、もうその自分が・・・なんて言うんですか、出版社に相手にされなかったんで、媒体が無い訳じゃないですか?
中澤 はいはい。
清野 自分ちゃんってば、こんな面白いネタ持ってまっせ!でも向こうからしたらつまんない、こんなのいらない。でも、今のIT社会、別に媒体なんてネット上にいくらでもあるじゃないか、っていうことになりまして。もう溜ったネタを自分発で好き勝手やってやれって思って。で、ブログを通して好き勝手もう。まぁ・・・手淫みたいなもんですよね。
中澤 あっ、じゃあ、あのブログが先なんだ?
清野 ブログが先ですよね。
中澤 なるほどね。
清野 まぁ、でもホント、ブログは何でやったのかな。まぁ色々溜ってたんですよ。
中澤 畜生的なところも?
清野 うーん、創作意欲が溜ってたんですよね。溜まりに溜った創作意欲をブログにぶちまけて。
中澤 ブログが吐き出す場所だったってことですよね。で、そのブログがきっかけで?
清野 きっかけっていうか、

中澤 ブログを編集の人が見たってことですか?
清野 まぁ、たまたま見たんじゃないですか?
中澤 それで「これ漫画にすれば?」みたいなことになったんですか?
清野 まぁそうですかね、「東京都北区赤羽」の連載は。それまでイラストの仕事とか頂いたりしてたんですけど、そのブログを見た編集さんが「清野って奴は頭大丈夫なのか?」って何人か作家さんに声かけてたらしいんです。ちょっと怖がってたらしいんですよ(笑)。
中澤 あっ、その編集の人が?
清野 はい。まぁ、ホームページとかも、自分の昔の作風の漫画とか知ってる人からすると、絶対に頭のおかしい奴だと・・・
中澤 警戒されちゃって?
清野 はい。そういう印象持っちゃうらしいんですけど。だから編集さんも直に来なかったんですよ。先輩漫画家の松本次郎さんや、押切蓮介くんとかを通して。
中澤 ワンクッションあって(笑)
清野 ワンクッション、ツークッションくらいあったかも(笑)
中澤 (笑)
清野 (笑)で、そのクッションを介して「清野って奴は大丈夫なのか?」「本人は大丈夫って言ってます」っていうことが伝わりまして、そこでようやく初めて編集さんとお会いする事ができて。
中澤 はい
清野 で、そこですっごい常識人ぶって(笑)。「精神誠意頑張らさせて頂きますんで、どうぞよろしくお願い致します!」と。そこで、当時の携帯配信漫画って、今はちょっと違うんですけど、過去のヒット作品を再配信するっていうのが主なやり口で。
中澤 うん。
清野 でも、それだけじゃ、いつまでもあまり伸びしろがないということで、ウチ発の漫画をやっていこうということになったらしく。とにかく球数が欲しかったらしいんですよ。有名、無名問わず、その携帯漫画発の。
中澤 そこ発で連載してますよっていう作品が?
清野 はい。で、結構、作家のやりたいことを尊重してくれる所でしてね。「あのお、こういうのやりたいんですけど・・」って言ったら、そのままやらせて下さいまして・・・あんな媒体ないですよ、今考えると。
中澤 それが今の「東京都北区赤羽」を描けるきっかけというか、フィールドになったと。
清野 そうですね、はい。ページ数もやっぱ紙じゃないんで、融通効くんですよ。ページ数とか毎週、描けるときは8ページ。まっ、基本8ページなんですけど、「ちょっと今週きついなぁ」ってときは6ページでもいいし、すごいやる気があるときは10ページ、12ページでもいいし。
中澤 はいはいはい。
清野 しかも、そこらへんにいるおっさん、おばさん、ホームレスの写真すらも
中澤 出しちゃって良い?
清野 出しちゃって良い系みたいな・・・そんな規制もないんですよ。
中澤 うんうん。
清野 あり得ないんですよ。結構イケイケの態勢ですね。
中澤 でもそれが、単行本とかになった時に「今まで見た事ねーな、この漫画」って、俺はなったんすよね(笑)。
清野 (笑)
中澤 こんな漫画がよく流通してるなっていうのも正直ありつつ(笑)。赤羽の街のリサーチみたいなところっていうのは、ブログやってる時代から色々ネタはあったと思うんですけど、連載を始めるようになってから、これはちょっと本腰入れてリサーチはじめるぞ!っていうことになったんですか?
清野 いやいやいや、リサーチとかそういう名のネタ探し的な目では見てないんですよ。だから普通に暮らしてて、たまたま目に入ってたものとか、絡まれたおじさん、おばさんとかをチェックしてるだけで、自分からあまりガツガツ行ったりしないんですよ。なんか不思議で、おもしろいものを探そうとすると何も起こってくれない街なんですかね。
中澤 ほぅ。
清野 ツンデレな街なんですよね。だから結構漫画とかブログとか読んで、赤羽に行けば面白い出来事や人々に遭遇出来るんじゃないかって思ってる方が来て、でも結果、別に何も起こらず、普通のこぎれいな街じゃん、発展してるし。で、がっかりして帰って行くっていうパターンが多いんですけど。
中澤 はぁー

清野 そういう下心を抱いちゃダメなんですよ。もうね、無心!
中澤 なるほどぉ!
清野 放心状態で、もう口開けてボーっとヨダレたらしながら駅前に佇んでると、とんでもない人が現れたり。
中澤 俺、今まで、清野氏はそういうアンテナを立ててるのかと思ってたんですよね。
清野 別にアンテナなんて張って無いですよ。
中澤 そうじゃないとね。今日のこの店とかも、まぁ飛び込みっていうか、まずここを通らないじゃないですか。
清野 はいはいはい。
中澤 この店の前を
清野 まぁでも、こういうところを通る通らないかは、暇か暇じゃないかですよ。
中澤 ほぉー
清野 ホント暇人だったんで、とにかく1つでも入ったことない通りを入ってみようとか、そういう感覚で何も考えず歩いてるんで。そういう時ほど、とんでもない物件が、目に入ってきたりしますね。探しちゃダメなんですよ。
中澤 そういう逆転の発想なんですね、やっぱりね。
清野 発想すらしないですよ、別に。
中澤 発想というか無心で?
清野 無心ですよ。
中澤 ぼーっとしてるっていう。
清野 はい、無心、放心、ですよ。
中澤 無心、放心なんだ。
清野 ペイティさん(漫画に登場する実在の人物)にも別にこっちから話しかけた訳じゃないですし(笑)。
中澤 でも清野氏には、なんでこんなにミラクルが起こるのかなって思いますよ
清野 まぁでも、あとはあれですね、その、地元の神様的なものをちょっと意識するとかそういうことじゃないですかね
中澤 神様?
清野 神様っていうかまぁ、神社とかお稲荷様でもいいんですけど
中澤 ほぉ?
清野 なんか取材前とか拝んだりしますよ、僕は
中澤 あっ、逆にそういう所は?
清野 そうですね。街の神は割と尊重してますね、僕は
中澤 で、そこからはボケーっとボーっと?
清野 はい、もう自然体で流されるままに
中澤 でも、多分ここに住んでいる以上はネタは尽きないですよね、きっとね
清野 そうですね。まだまだ描きたい事あるんですよ、俺は
中澤 俺もまだまだまだまだ、やり残してる事があるって思いますよ、本当に。
清野 でも歌手の方は、いいなーって思うのが、やっぱスナックとかで自分の持ち歌がDAMとかに入ってる訳じゃないですか。
中澤 カラオケに?
清野 あれ、最強じゃないですか?
中澤 (笑)でも、歌ってくれって言われるのが一番困りますけどね。
清野 それはボーカルじゃないからですか?
中澤 ボーカルじゃないし!みたいな所ももちろんあるし、ボーカルでも多分嫌だと思うんですね(笑)。
清野 (笑)なんかミュージシャンのそういうところ、本当にうらやましいなって思いますねぇ。
中澤 でもボーカルだったら、「本物だ!」っていうリアクションがもらえるかもしれないんですよ。
清野 はい。
中澤 でも、ボーカル以外のメンバーがそういうシチュエーションで、ちょっと歌ってよって言われた時に、特に何のリアクションもないっていうのが一番辛いっすよね(笑)。
清野 (笑)

中澤 ギター弾く真似やってよ!なんてことになったら、もう大変でしょ?(笑)
清野 うーん。
中澤 だったら、もう普通に光GENJIとか歌うよ、みたいな。
清野 色々葛藤があるんですね。
中澤 葛藤っつうかね・・・カラオケはね、そんなに思ってるほどおいしくないです、全然(笑)。
清野 (笑)そうですか?でも中澤氏、この間歌ってくれましたよね。赤羽霊園(赤羽にあるお化け屋敷風居酒屋)で。
中澤 あれ?そうだっけ(笑)。
清野 なんか凄い得した感じはするんですよ。「あー、すげー!GOINGの曲だ?」って。
中澤 あれ?俺どこで歌ったんでしたっけ?
清野 もう相当出来上がってましたけど、中澤氏。
中澤 (笑)
清野 ベロンベロンで(笑)歌ってくれましたよ!
中澤 えっ、いつ?
清野 あの不穏な忘年会だったかな?
中澤 あぁっ!あの時!?
清野 はい。
中澤 だってその時って、赤羽霊園に行って・・・
清野 赤羽霊園ですよ、だから。あのもう終わりの方ですよ。
中澤 あれ?(笑)覚えてないな、それ(笑)。
清野 中澤氏が入れたんじゃないかもしれないですね、赤沢さん(漫画にも登場する清野氏の友人)とかが入れたのを中澤氏が普通に歌ってくれてるんですよ。
中澤 あぁ?!なんとなく、ぼんやり今思い出した。
清野 あのときはみんな壊れてましたからね。
中澤 うん。
清野 本当に飲み過ぎちゃって。
中澤 そうだそうだそうだそうだ・・・寂しいなぁ、引っ越してから赤羽ちょっと遠くなっちゃって。
清野 そうですね、中澤氏が十条に住んでたって言うのが、結構面白かったんですけどね。
中澤 ね、でもそれでなかったら多分、清野氏と出会ってないし、多分漫画とも出会ってなかったと思う。いや、でもね、赤羽には足しげく通いますよ。
清野 来て下さいよ、なんだかんだで、この辺で気兼ねなく飲める同世代の仲間が少ないんでねぇ。
中澤 でも赤沢氏とか?
清野 ぐらいですかね。
中澤 あ、でも俺、今日すげーびっくりしたことがあって。ここに来る前に、何度も飲んでるけど、俺、そういえば清野氏の細かいプロフィールとかちゃんと知らないなって思って。一応、こういう対談形式だから、経歴をもう一回洗っておいた方がいいなって思って。
清野 はい。
中澤 ウィキペディアで清野とおるを見たら、まず経歴と作品があって
清野 はい。
中澤 で、概要っていうところに「中澤寛規GOING UNDER GROUNDギタリスト飲み友達」(笑)
清野 (笑)誰が書いたんですかね?
中澤 しかも、その欄に俺しかいなくて(笑)。誰が書いたんだみたいな(笑)。
清野 (笑)へぇー面白いですね。
中澤 「他にもいるだろう、絶対!と思って。まぁ光栄なことですけどね。
清野 はい。面白いです。
中澤 「飲み友達」とウィキペディアに書かれた訳ですけども、これからも・・・
清野 ウィキペディアに書かれたら来なきゃだめですね、赤羽にね。
中澤 これからもお付き合いよろしくお願いします。
清野 是非に。

第5回
中澤 どうですか、清野氏、一生漫画家ですか?
清野 いやっ、なんかね、もうホント描くの辛いんで。
中澤 (笑)
清野 印税だけで好きなことやりたい放題やっていきたいですね。
中澤 でも言ってしまえば、ヒット作品っていうのが出来たじゃないですか。

清野 出来てないですよ。
中澤 いやいやいやいや、ヒット作品でしょ?
清野 いやいやいやいやいや、ヒット作品って言うのは、1冊最低で10万部とかですよ。10万部超えたら、ヒットって言って良いかなぁぐらい。1冊上がりの部数なんて、オナラみたいなもんですからねぇ。
中澤 でもねぇ、音楽業界も昔こそ、ミリオンだなんだとか言ってたけど、もう今、10万枚で大ヒットですからね。
清野 1曲でってことですよね?
中澤 まぁ1曲でもアルバム単位でも。やっぱり全体の数字が落ちてるっていうか
清野 ダウンロードっていうか
中澤 うん。色んなCD以外の聞き方をみんなするようになったんでね・・・まぁ、そんな俺たちだって印税だけで暮らしたいですよ。
清野 なんてったって、印税生活が良いですよね。
中澤 ヒット曲1つあれば、もっと色々と好き勝手やれる自由度が広がるっていうかね。だから本当1つヒット打ちたいっていうのは、どうしてもあるな。
清野 1つでいいですよね、そんなヒット作品なんて。
中澤 1つゴンッ!って打ってその曲だったり、その作品が食わせてくれれば、あとはもうちょっと肩の力も抜いてゆるりとやるぜ?ってところで、もっと良いモノができるし、副業だってやったらいいし(笑)。
清野 やりたいことをね。
中澤 ええ。
清野 趣味に走るもよし。
中澤 そういえば、清野氏の趣味って何ですか?
清野 趣味かぁ
中澤 漫画以外で。じゃあ「一ヶ月休みあります」って言われたら?
清野 テンパっちゃいますかね(笑)テンパっちゃいますよ!
中澤 清野氏の趣味とかマジでなんか、あんまり想像つかないな。
清野 この、なんか売れてるような空気が出てるのは、ホントこの半径300メートルくらいですからね。こういうの、ヒット作って言わないんですよ。ヒット作家っていうのはドコ行っても、「え!?あの作品の○○さんですか?」って言われるんですよ。
中澤 いやぁ、俺は結構ヒット作品だと思ってるんだけどな。
清野 全然です、これ謙遜とかでも何でもなくてですね。
中澤 数字的にも?
清野 はい。そうですそうです。
中澤 じゃあ、まだまだこれからか。

清野 これからですよ。
中澤 俺たちは。
清野 まだ、GOING UNDER GROUNDさんなんて、気軽に話しちゃいけない身分だと思ってますから、ありがとうございます!
中澤 全然ですよ!もう。結局お互い何様にもなってないっていう。だからこんなに必死こいて音楽やって、漫画描いて。
清野 そうですよね、うん。
中澤 印税作品だ、じゃあ!(笑)
清野 何もせずして、印税ががっぽがっぽ入ってくるような人こそ
中澤 でも我々の生業は、本当はそこですからね。音楽で生活出来ていいな、漫画で生活出来ていいな、って思われる部分ていうのは、本当にがっぽり稼いでこそ、人に夢を与える職業になりますからね。
清野 印税は無駄遣いできますけど、原稿料は無駄遣いできませんよね。
中澤 あー、わかる。
清野 (笑)原稿料は本当に汗水たらして苦労して、きつい思いして得たお金ですけど、印税ってもうボーナスみたいなもんじゃないですか?でも印税は、ホントたかが知れてるんで。
中澤 一般的な原稿料って、まぁその数字は聞かないですけど、自分の労力に対して結構見合ってるような額なんですか?
清野 んーー。
中澤 こんなものか、こんなものなのかなっていう。
清野 まっ、こんなもんかって言えばいいんじゃないですか、出版社ごとによって違いますけどね。漫画のネタ集めで赤羽で飲み食いする取材って言うんですかね。まあ、取材っていうのはちょっと違うかな?そこで使うお金も、結果、自腹な訳ですからね
中澤 情報料っていうか
清野 はい。結構飛びますよ、色々と。
中澤 まぁ、でしょうなぁ。街に出てこその漫画だし。
清野 まぁそうですね。お金は溜んないですね、リアルな話(笑)。
中澤 お金あったら何したいですか?お金あったらっていうか、あぶく銭できたら。
清野 やっぱり、全っ然知らない街というか、遠いところに行きたいですね。
中澤 もう赤羽なんて出てやる!ぐらいな?
清野 そういうことは言いませんけど(笑)ちょっとまとまった休みをもらえるんだったら、四国。
中澤 四国?
清野 四国とか九州とか、まぁ北海道でもいいですけど。そういうところに携帯も持たず、ネットも一切やらず、一人でポケットに100万、200万くらい詰めて。
中澤 いいな、それいいなぁ(笑)。
清野 で、そこでゼロからその知らない街で、転々とせずにその一つの街の温泉とか基盤に置いて、どんだけ人脈とか構築できるか、そこちょっと試したいですね。
中澤 でも、それも結局、漫画のネタになるんでしょ?(笑)
清野 ネタとは別に、知らない街でどんだけ通用するのかなっていうのは、ちょっと試してみたかったりしますけどね。
中澤 なるほどねぇ。
清野 よく赤羽のスナックとかで、「うわっ!このスナックは攻略しづらいぞ」っていう所を攻略出来ちゃったりすると、結局他の街でも通用するんですよ。
中澤 あー。
清野 赤羽でさえ通用しちゃえば、他の街であれ、どこでもいけちゃうみたいな。
中澤 逆に?
清野 赤沢氏も言ってたんですけど、彼はたまに京都とか大阪行って、赤羽で養ったそのテクニックを試しに行くんです。そうすると、もう楽勝らしいですからね(笑)。
中澤 そうかぁ。じゃあ、赤羽で身に付けたテクニックは無駄にはならないってことですね。

清野 ならないと思いますよ。
中澤 人生において。
清野 はい。
中澤 ねぇ、こういうお店で、突然お母さんからおにぎりもらったりとかって、なかなか無いですよ(笑)世田谷とか行ったらないよ?もう・・・
清野 きっとありますよ。そういうお店はどこかに。
中澤 ねぇ、なんか帰りたくなくなっちゃうね。
清野 でも、生まれ変わったらミュージシャンになりたいですね。
中澤 ホントに??バンドですか?
清野 いや、もう、さだまさしよろしく、一人で歌っちゃうかな。
中澤 でも俺も、なんだろうなぁ。漫画家やってみたかったなぁ。やってみたかったって言い方は失礼だけど。
清野 いいなぁ、ミュージシャン。
中澤 いいなぁ、漫画家。
清野 一緒に階段転げ落ちてみますか?(笑)
中澤 (笑)結局どっちも、一寸先は闇みたいな仕事な訳だよな。
清野 歌えるってカッコイイですよね。
中澤 清野氏、目立ちたがりですか?
清野 いやいや。
中澤 あぁー、多少は目立ちたがりじゃないと。「実は目立ちたがり」ぐらいな人が結構多いかな、ミュージシャンは。
清野 そうですか?
中澤 普段から目立つの好きって言う人よりは、実は目立つの嫌いじゃないぜっていう人がステージ立ってたりしますよ。
清野 そう、自分はあんまり表には出たくないけど、でもふざけたことはやりたいっていうか。
中澤 プロデューサータイプだ!
清野 うーん。なんですかね。だからその自分が表に出るのが嫌いだから漫画とかそういう媒体を通して色々やってるんじゃないですかね。
中澤 清野氏、そういう所に出ると面白いと思うな。
清野 何にも出来ないですよ、俺。
中澤 だからほら、人前でのイベントの時とか、ベロンベロンに酔って、自分をぶっ壊した状態でいつも出てくるから(笑)
清野 だからダメなんですよ。

中澤 それもそれで、なかなか出来る事じゃないなぁって。
清野 いやぁ(笑)いやいやいやいやいや。
中澤 俺たちも、本番前に景気付けでビールでも一本飲んでライブやっちゃおうかな、みたいのは
清野 あるんですか?
中澤 全然あるんですけど、あそこまではね(笑)膝ガクガクさせながら出るのはちょっとまずいからね。
清野 それほど緊張するっていうことですよ。相当自分に自信がないっていうことですよ。自信がある人は酒に頼らなくてもできちゃうものなんですけど。
中澤 まぁでも、清野氏は人前に出るのが本業ではないっていうところの強みがあるから、それはそれでうらやましいなっていう。あと、顔を出さないっていうのもいいなって。匿名性があるものに人は惹かれるじゃないですか?
清野 そういうもんですかね。
中澤 顔出しNGとか、顔出さないスタイルは、もうずっとそうですか?
清野 ホント小さく写真が載ったりしたことはあるんですけど、堂々と出たことはないですね。
中澤 「東京都北区赤羽」って清野氏本人が主人公で登場してるから、みんなあの漫画のキャラのイメージじゃないですか?
清野 あのクソ好青年で
中澤 クソ好青年。(笑)イラストの顔の印象も含めて。俺も最初会ったときは全然違う!と思って。でも冷静に考えたら、そりゃそうだよなって。
清野 そうですよ。一番脚色してるのは主人公ですもん。あんなの自分でもなんでもないですからね。
中澤 あれをね、自分そっくりに描いてもしょうがない。
清野 もう読み手の方が感情移入しやすいように、自分が思う一番普通のキャラクターにしてるんですよ。だから自分の本心はあまり出してないですね。
中澤 俺は、今からそれはできないからなぁ。それこそミュージシャンでもお面被ってるバンドがいたり、覆面被ってるバンドがいたりとか、そういう人たちもいて。
清野 ビジュアル系の派手な格好したりとか?
中澤 うん、デーモン小暮閣下も同じようなもんで、素顔がわからないっていうのがある意味魅力ですからね。魅力だし、あとプライベートが楽そうだなっていう(笑)。
清野 そうですよね。
中澤 だってね、今も同じ店に清野氏のファンの人がいるけど、気付かれていないっていうね。
清野 なんかコソコソするのが好きなんですよ。
中澤 「気付かれてないぜ、俺」っていうのもいいなって思う。
清野 でも同時にちょっと寂しい自分もいるんですよね。
中澤 あっ!そうなんですか?
清野 はい。

中澤 そういえば、ワニダさんの店(podcast「週末Diner meeting」vol.49にも登場した赤羽の居酒屋)って最近行ってます?
清野 ええ。このあと行きます?
中澤 あー俺、ワニダさんに久々会いたいなー!
清野 いよおおおおおおおおおおおし、ちょっくら行っちゃいますかああああああああああああ!!?
中澤 行っちゃいましょう!




